芦屋 フラダンス教室 ヒーリングフラLocolaのブログ

フラダンスのこと、日々のこと、いろいろと・・・

あきらめる?あきらめない?どうぞご自由に。

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今年はあちらこちらの

桜を写しております。

 

この桜

枝が垂れ下がってるでしょ?

 

枝も細い。

 

だからね

 

風が吹くと揺れます。

 

当たり前ですね。

 

風にそよぎ

 

桜の花びらが舞う

 

絵的にはとても美しい光景。

 

なのですが

 

これを写真に収めようとした時

 

風にそよがれると

 

大変困るのですよ。

 

写真がぶれちゃうから

 

どんないいカメラでも

 

ブレるものはブレるのよ(ーー;)

 

そんな時

 

どうする?って話

 

なのですが

 

いろんな方法が考えられるでしょう。

 

枝を持ち 動きを止める。

 

とか

 

そもそも撮るのをやめるとか

 

いや

 

風が止むまで待つわよ。

 

とか

 

みなさんはどんな方法を選ぶでしょうか?

 

その時のシチュエーションでも

 

選ぶものは変わるでしょう。

 

私はね

 

基本的には

 

自然にあらがわず

 

そのままの姿を写したいので

 

カメラの機能でブレずに

 

撮影できそうならそのまま撮影して、

 

無理そうなら しばし

 

風が収まるのを待ちます。

 

この時も待ちました。

 

まぁ

 

待つと決めると

 

途端にすんごい風が吹くときもあったりね 笑

 

思わず

 

「なんでやねん!」なんて風に

 

ひとりでツッコミを入れるときも

 

ありますよ 笑

 

とにかくね

 

私は待てる時は待ちたい。

 

何事も

 

ちゃっちゃとやりたいこともある。

 

そのために

 

あきらめることもあるでしょう。

 

出来ないことに

 

執着せずに

 

次へ進む。

 

それもひとつの手でしょう。

 

そんな時

 

ひょっとしたら

 

少し待ってみたり

 

もう少し時間をかけてみたり

 

あと少しだけ こどわってみたら

 

できたこと。

 

できること。

 

あったかも…

 

あるかもしれないですね。

 

 

生徒さんに言われた言葉があります

 

「先生は、あきらめないですね。

 

笑顔でできるまで、

 

私達につきあいますね。」

 

これね その時のニュアンスはよ、

 

できるまでさせられますよねー

 

やめさせてくれませんよねー

 

と少し皮肉よりのニュアンスで言われたのよ

 

もちろん、冗談として

 

はははぁなんて笑いながら

 

話をしていたのだけど

 

生徒さん側は、

 

時に途中で投げ出したいと思っていたこと

 

正直あったかもしれません 笑

 

私ね

 

昔 フラダンス教室を開く前

 

今から14年前まで

 

結構 適当に何事もこなしていましたの

 

適当に器用にできる方だし

 

なにせ要領が良いのでね

 

なんか適当だったのよ…^^;

 

そんな時に

 

心理学講座に行き

 

私の性格というのかな

 

考え方やら、捉え方やら

 

いろんなことが

 

ごそっーーーーーーーーーーーーーと

 

ひっくり返され

 

価値観やら

 

考え方やら

 

見直しをはかることになるのです。

 

そんな時に

 

ひとつのワークを行い

 

そのワークで私は

 

自分の適当さと 嫌というほど

 

向き合うこととなったのです

 

このワークは

 

私をボロボロにしたけれど

 

私をピカピカに磨くこととなる

 

大きな

 

大きなキッカケとなりました。

 

そして

 

それを機に私は

 

「あきらめることをやめたのです。」

  

 

【Never Give Up】

 

あきらめるな。

 

あきらめなければ

 

何事もできるんだから!

 

と 声をかけられたりすること

 

あるかもしれません

 

それは

 

ある面 真実かもしれないが

 

あきらめることが決して悪い訳でも

 

あきらめないことが決して良い訳でもなく

 

その人にとって

 

どっちを選ぶことが

 

今のところの快なのだ?という話

 

なんじゃないかと思うのです。

 

昔の私は真剣に取り組むことをせず

 

あきらめる選択を選んでいた

 

まじめに目の前のものに

 

取り組んでいなかった

 

だから

 

目の前のモノに丁寧に向き合ってみることを

 

決めた。

 

やめることは時に簡単。

 

あと少し続けたらできるようになるのに

 

あきらめちゃうのね…

 

と…

 

指導する側として

 

なんともやりきれない気持ちに

 

なることもある。

 

私は、自分の生徒さんには

 

今は、それができなくても

 

いつか

 

それができる日が来ると信じているので

 

声をかけるけれど

 

その声を受け取るか

 

受け取らないかは

 

その生徒さん次第…

 

強制はできませんからね

 

時には 淋しいなと

 

思うこともあります。

 

あきらめるのは

 

自分を信じる力が少し弱ってる時

 

なのかもしれませんね。

 

その逆に

 

あきらめない人。

 

それが超えて

 

執着しすぎる人もいるかもしれません。

 

どうしても手に入れたいものに

 

執着しすぎる時は

 

それがないと不安というものが

 

心にあるのかもしれません…

 

願っても

 

行動を起こしても

 

何か欲しいものが

 

手に入らない時は

 

何かしら ほかに見つめるトコロがあるのに

 

そこもすっ飛ばして

 

手に入れたい思いだけに

 

執着しちゃう…

 

あきらめられないのも

 

自分を信じる力が少し弱っている時

 

なように私は 感じています。

 

自分を信じる力が

 

弱まってきた時に

 

選ぶ方向が違うだけなのではないでしょうか?

 

私が思うところは

 

「あきらめること」

「あきらめないこと」

 

どちらが良い悪いではなく

 

あきらめ癖がある人は

 

少し

ほんの少し

 

自分を信じて 続けてみることを選んでみる。

 

そして

 

あきらめない(執着しちゃう)癖がある人は

 

少し

ほんの少し

 

自分を信じて 手放すことを選んでみる。

 

 

 

そんなことを

 

意識してみると

 

今まで気づかなかった

 

ナニカに気づけることに

 

なるかもしれません

 

 

どっちが良い ○

どっちが悪い✖️

 

どっちが正しい

どっちが間違っている

 

という

 

選択肢だけで

 

生きていくには

 

この世の中は生きにくい…

 

いつもとは

 

違う方向を選んで進んでみる

 

自分を信じて

 

進んでみてくださいね

 

もし

 

ひとりで進めそうになかったら

 

声をかけてみてください。

 

 

私の開いた

カウンセリングルームです。

寄り道room 「imua」

https://locola.amebaownd.com/

 

あきらめるも

 

あきらめないも

 

あなたの心が快を感じる方向を

 

いつでも選んでね。

 

poi

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